猫とマグロのその日ぐらし

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【その②】自転車から落ちて救急搬送されて、全身麻酔で手術した話

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翌朝、近くの総合病院に電話をかけるとすぐ来てくださいとのことで、紹介状とレントゲンを持ってタクシーに乗った。診察室の前で待ったのは30分くらいだろうか。呼ばれて診察室に入る。この日はメガネをかけていたので、改めて見せられたレントゲンから不自然にまがった骨の部位を認識するのは容易だった。
 
「まず、手術したほうがいいですね。」
「手術の日程は後で決めましょう。」
「先に検査周りして下さい。」
 
そう言われて採血、心電図、レントゲン、CTなどを駆け足でまわった。再び診察室に戻ると、先生から「明日なら手術の枠があるので、今から入院して下さい。」と言われそのまま病棟に上がった。
 
人生初の入院生活はひどく退屈で苦痛だった。痛すぎて動く気ににはなれないし、テレビもテレビカードを買うための現金を持っていなかった。ただひたすらにくすんだ色の天井を眺める。
やっと夜が来て眠ろうとするが、昨晩と同じで痛みと緊張のせいか全く眠れず、薬をもらったらなんとか眠りにつけた。翌朝は7時に目が覚めた。当初は12時からのオペの予定だったが看護師より30分早まったと伝えられた。9時半位に点滴の針を刺され、気がつけば、いきましょうか、と声をかけられていた。 
 
自分で立ち上がり自分で点滴を持ってエレベーターに乗る。そして自分で手術室に入り、自分で手術台に乗る。人間違いを防ぐため、最初に名前を聞かれ、次に手術をする箇所はどこかと聞かれる。「それでは薬を入れていきます」そう言われた直後、体がじわっとする。何かが全身を巡るのが分かる。そして僕の名前を呼ぶ声がして目を開けると手術は終わっていた。全身麻酔中に夢を見たとか、意識があったとか、そんなことを書かれているブログを読んだりもしたけれど、僕の場合はそんなこともなく、麻酔で眠ってから目が覚めるまでたった数秒のことのように思えた。
そのまま病室に戻り、体をろくに動かせない僕はただひたすら天井を見ていた。手術終了後から3〜4時間は水を飲む事はできない。ずっと点滴を繋がれているので脱水症状になることはないが、手術中に人工呼吸器を入れられていたせいで、管を抜いた後もひたすら喉がイガイガしたのが辛かった。
変わることのない天井の風景を何時間も眺め続ける。麻酔のしびれなのか痛みなのかわからないが、腕の違和感はあるため、疲労感があっても眠りにつくこともできず、ただひたすら苦痛な時間を過ごした。
3〜4時間後看護師さんが水を持ってきてくれたときに、僕はずっとそれを欲していたから、ただの水があまりにも美味しくて一気飲みした。夕食前ぐらいに先生が来て、「明日退院にしときますね」と言った。入院した初日は看護師から「1週間ぐらい入院しますか」と言われていたが、結局僕は翌日の午前に退院することになった。夕食は術後食と言って、とても簡単なものだった。食パンとイチゴジャムと牛乳とヨーグルト。以上。全然足りない。制度的にはコンビニに買いに行くこと問題ないようだが、いろんな管が付いているので動けないし、現金も持っていないので、僕の状況ではその制度に意味はなかった。
 
消灯時間になっても痛みで寝れず、追加の薬もらったが、痛みが消える気配もなく、薬を飲んだ1時間半後にもう一度ナースコールをして座薬を入れてもらうと、その薬がよく効いたのか、気がつけば僕は眠りに落ちていた。翌朝退院の日が来た。点滴の交換と採血をした。看護師が何度も僕の手の甲に注射針をさすが、全くうまくいかず、結局別の看護師が僕の採血を行った。しかし手の甲は痛い。

この時に尿道カテーテル(おしっこを出すための管)を抜き取るのだが、入院生活で辛かったことの1つがこの作業である。言葉にするのは難しいが、強いて言うなら膀胱駅発N700Aのぞみ45号が尿道を時速270kmで駆け抜ける感じだろうか。人生何事も経験というが、こんなの経験しないほうがいいに決まっている。その行為自体は1秒にも満たないが、本当に苦痛だった。
 
退院は午後だと思っていたが、10時には請求書ができるので退院の準備を早々に進めてほしいと連絡を受けた。入院生活が長引くと思って大量の着替えやスマートフォンの充電器いろんなものを持ってきてもらったが、結局ほとんど使うことがなかった。請求書の金額は155,000円。会社では無能な下っ端で、ろくに貯金もない僕にはとても厳しい金額だったが、幸い僕は自転車保険に入っていたので100,000円ぐらいは帰ってくるだろう。
 
もちろんこれは序の口で、これから経過観察やリハビリで通院しなければいけないし、入れたプレートのボルトを抜く手術もしなければいけないと考えると、この左腕の代償はあまりにも大きいと感じるのであった。